2016年09月21日更新
小川菜摘 浜田雅功 馴れ初め

小川菜摘と浜田雅功の結婚の馴れ初めには小川の先見の明があったとは!

交際が始まる前に小川菜摘さんは選ぶ選択肢があったのですが、その選択の候補がとても贅沢だったのを知っていますか?今聞くとちょっと以外な人物だと感じるかもしれません。

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毎年某国に家族旅行するほど円満

芸能界の仲良し夫婦小川菜摘さん浜田雅功さんの結婚の馴れ初めエピソードを知っていますか?小川菜摘さんと浜田雅功さんの心温まるエピソードを調べてみました

浜田雅功

本名 濵田 雅功(読み同じ)
ニックネーム 浜ちゃん
生年月日 1963年5月11日(53歳)
出身地 日本の旗 日本 兵庫県尼崎市[1]
血液型 A型
身長 165cm

大阪市浪速区大国町で生まれる。父は大阪万博にてソ連館のペンキ塗りを請け負っていたペンキ屋に勤めていた。幼稚園へあがる頃に尼崎市へ移る。それまでは芦屋市で家族で暮らしていた

放送作家の高須光聖とは幼稚園時代からの付き合い。小学校時代に松本人志と出会う。1979年、三重県にある当時全寮制の日生学園高等学校(現在は桜丘高等学校)に入学し、2年次に開校にともない移動した全寮制の日生学園第二高等学校(現在は青山高等学校)を卒業。在学時は副学寮長を務める

1982年、小学校から中学校時代の同級生である松本人志を誘って吉本興業入り。同社の若手タレント養成所・吉本総合芸能学院(NSC)第1期生となる。当初は『松本・浜田』というコンビ名であったが、その後改名により『ひとしまさし』『てるお・はるお』『ライト兄弟』を経て『ダウンタウン』となった

『4時ですよーだ』(毎日放送)で関西地区での人気を不動のものにする。(この時、同級生の高須光聖もこの作品でデビュー)ほどなくして上京、『夢で逢えたら』『ダウンタウンのごっつええ感じ』(フジテレビ)などで人気を博し、全国区タレントとして広く名を知られるようになる

まとめ作者